Random Walker Log's Log

二度と見ない系ログファイル

最近考えていること

まえがき

ブログというのは本来更新する義務のあるものではない。思いのままに、思いついた時に、思いついたことを書けばそれでよい。
なので新しい記事を今書く理由はとくにない……のだが、最新の記事がいわゆる"クソリプ"への返信なのは見栄えが悪いし、心置きなく長文を投下できる場所もほしいところである。というわけで表題の通り、最近自分が考えていることをつらつらと綴っていくことにする。

近況

現在、勉強状況はあまり思わしくない。仕事も難しいタスクが多く、達成感を得る機会が少ないのが悩みどころだ。
それをちょっとでも打破するために、一つ新しいブログを書いた。一日ごとの目標と、その日やった勉強の内容と、成長した点、課題点、その解決策、維持するべき点を毎日更新するもの。もとは以下の『アジャイル勉強法』のパクリである:
www.youtube.com
アジャイル開発をもじったものなのだろう。短いスプリントではイペースな改善を図る勉強法である。ただし、丸パクリではなく、動画では伝えられていない「成長した点」を付け加えた。これは日毎に達成感を得、勉強をゲームのように楽しめれば勉強の負担も軽くなるだろうとの考えからである。
また、同塾が出している別の動画を参考にしている:
www.youtube.com
動画を見るのが面倒くさい読者のためにざっくり説明すると、マリオカートタイムアタックで最速タイムの走りが幽霊(ゴースト)のように表示される機能を意識して、理想の受験生としての自分をはっきりとイメージし、それを越えようと努める勉強法である。ライバルは理想の自分自身であり、他者との競争ではない。これは実は競争の最たるものの一つである受験勉強にも言える。なぜなら、受験における合格最低ライン、合格安全圏は年度に関わらずほぼ一定だからである。東大理三の場合、7割取ればボーダー、8割取れば安心、といった具合。東大入試で8割を取っていく理想の受験生の像をひたすら追いかけていくわけだ。
しかし、最初に書いたように、勉強状況は芳しくない。その理由の一つとして疲れやすさがある。ほんの数時間勉強しただけで、机に向かっていることすら難しいくらい疲れてしまうのだ。今日このことを心療内科の主治医に相談してみたところ、これは易疲労性といって、大きなうつを経験した人がよく訴える症状なのだという。受験勉強そのものに支障をきたす症状なので非常に困るのだが、易疲労性は寛解後しばらく残るが、時間を経るにつれてだんだんと改善していき、最終的には病気にかかる前の状態にまで戻る例も多々あるのだという。今は希望を捨てないでいよう。

私はなぜ医者に向いているのか

年甲斐もなく自己分析を試みる。
ちょっと子供時代の話をしたい。私は子供の頃、機械を分解するのが好きだった。私の家はゲームに厳しく(それは自分がゲームをやりすぎていたからなのだが)、コンシューマーゲームのハードを買ってもらえず、ネットで無料で落とせるフリーゲームばかりやっていた。その際、ゲームの攻略法ややり込みよりもゲームの仕組みそのものが気になって、内部データをいじったり、この情報に使われるのは何バイト、といった情報を収集して分類するのも好きだった。
ここから私は博物学的に物事を分類するのが好きであり、また得意であると推測できる。
同時に、大人の言葉の謝りを見つけるのが好き、という正確の悪い趣味も持っていた。この傾向は今も続いていて、ツイッターで過激なコメントがあれば「やった! 1ツイートに誤謬を6つも見つけられたぞ!」と喜んでいる。前の記事のコメントなんか、一文一文が謝りの連続で、垂涎ものであった(ただし、自分の目標に対してネガティブなテキストを見続けるのは精神に悪いので、コメントは封印している)。今仕事で取り組んでいることの一つに、上司がやっている企画をレビューし問題点を指摘するというものがあり、これまで以上にやりがいを感じている。
私はどうやら、問題点を見つけるのが好きかつ得意なのだろうと推測できる。

このような私の傾向は医師ないし医学者に向いていると考える。というのは、医師とは人体の問題点を発見し、修復していく仕事であり、起こりうる問題点を分類するのが医学の役割だからである。
現在は受験勉強に焦点を当てなければならないが、今から医学の勉強をするのが楽しみでしかたない。

そして、大人になってから、ストレンクスファインダーという自分の強みを5つ発見するプログラムを受けた。結果は以下の通りであった:

  1. 学習欲
  2. 内省
  3. 収集心
  4. 回復志向
  5. 責任感

ある知人が言うには、「ストレンクスファインダーの上から3つぐらいは、まあそうだろうな、という性質が並ぶ。注目すべきなのは4番目と5番目で、そこに自分では気が付かなかった長所が暴かれている」のだそうだ。私の場合、回復志向と責任感がそれである。責任感は一般に流通する言葉なので回復志向についてざっくり説明すると、「対象の問題を見つけ、それを直すことにやりがいを感じるマインド」のことである。0を1に、1を100に、といった仕事よりも、マイナスを0にする仕事のほうが向いているということになる。医者はまさしくそのような仕事ではないか。人の健康と命を扱う職業であるから、責任感が強いというのもマッチしている。

私はなぜ医師に向いていないのか

どんな職業であれ、向いていない理由を挙げることはできる(だから私は「君には向いていない」という言葉が嫌いである。向いていない点を指摘するのは簡単で、100%の適職など存在しないというのに、向いていない点にフォーカスして「だから他の選択肢にしろ」と言う含みを感じるからである。)。
私には体力がない。上に書いた易疲労性は克服できなければ医学部での大量の勉強と医者になってからの激務に耐えられる可能性が低い。そして、私は臨床と研究の両立を目指しているから、なお忙しい。体力をつけ、易疲労性を克服しなければ医師兼医学者としてサバイブするのは難しいだろう。
もう一つの理由として、アウトプットを継続するのが得意でない、というのも挙げられる。これは医者というよりは医学者に向いていない理由だ。研究者はただ研究室に閉じこもって研究すれば勤まるものではない。得られた知見を言語化し、論文というカタチをもつものに変換し、他者にわかりやすく説明するのも仕事である。これを億劫に感じているのは大きな課題である。

結局医師になりたいんですか? 医学者になりたいんですか?

両方なりたい。医者としてのキャリアを歩むと決断したのはほんの数ヶ月前だが、その時から臨床の現場に立ちたいという意志は消えていない。そして感染症数理モデルの数理研究とデータサイエンス研究の両方を経験した身として、それらが互いにそっぽを向いているという現状を憂いており、より実用的な感染症の数理と、より堅牢な理論に支えられた感染症のデータサイエンスを実現したいという青臭い夢を持ち続けている(コレ自体が、マイナスを0に近づける仕事だ)。きっと、向いていない理由で述べた、体力と易疲労性、アウトプットの少なさがボトルネックになるだろう。しかしこれらは幸いにも後天的に改善しやすい資質である。体力づくりと、いい意味で頑張りすぎないコミットの仕方を学んでいければと思っている。

で、理三受かるんですか?

現状かなり厳しい。今入っている塾の宿題もまともにこなせていない。これは非常にまずい状態で、塾は受験年度中に理三レベルに達するという目標から逆算して今の宿題を組んでいるはずで、それに追いつけないということは到達レベルが理三レベルより下がるということだからだ。

これからどーすんの?

まず自分の弱みを意識する。具体的に言えば、疲れやすいこと、最初から完璧なプランを立てることに固執してしまうこと(PDCAのPのスケールが大きすぎる/大雑把すぎる)、プランを実行するのが億劫であること(PDCAのDが機能不全を起こしている)。良いDができなければ良いC,Aはできず、結局良いPも立てられずにDがおろそかに……という悪循環にハマっている。ここから抜け出すことが第一の課題だ。まずは今書いている改善ブログを真面目に継続し、無理のない範囲で少しずつ勉強の絶対量を増やしていく。疲労とうつ再発を回避するために、適度に休憩を取り、快適に勉強をし、日々成長を重ねていく他ない。上に書いたように、この受験は理想の自分との戦いである。理想の自分にいきなり追いつけるとは思っていない。少しずつ改善を重ねていくつもりである。

最後に

今これを読んでくれているあなたへ。私のことを思い出してくれてありがとう。今は@tloglogtというアカウントでひっそりとツイッターをしている。顔見知りしか承認しないアカウントなので、もし興味を持ってフォロー申請してくれたとしても取り下げられる可能性が高い。しかしDMは開放しているから、気になったらぜひ声をかけて欲しい。ただし、誹謗中傷、的外れなdisは厳禁! である。そういうメッセージを受け取ったら、またDMを閉じるだろう。
これからも、長文で何かをしたためたい欲求があればこのブログを利用するつもりだ。
勉強に戻る。

2020-06-26

特別にコメント。

昨日か今朝か知らないが、妙なコメントが来た。今はコメントを非表示にしているし、(ノイズがこれ以上増えたら嫌だからね)、わざわざコピペするのも変なので、コメントの内容を箇条書きにしつつ私信。

・医者になりたいのではなく、理三に受かりたいだけだろう
→ 違います。

・いくら否定していても、知人たちからの「まだ理三にこだわっているのか」という発言が全てを物語っている
→ それを言ったのは高校時代の担任。10年ぶりの連絡なので、高校卒業後の人生の文脈を知らないがゆえの言葉だと受け取るべき。

・30にもなって18歳の自分が最高なんてかわいそう。大学の経験や専門性には何一つ意味がなかったんだね。
→ はい、哀れんで下さい。ただ大学での勉強や大学院での専門性あっての医師という選択肢であることを忘れてはならない。

・理三は18歳時点の競争であって、30歳が参加するものではない。18歳の競争にこだわるのは、精神が成長できていない証拠。
→ 理三が18最時点の競争であるという前提が間違っている。大学受験は資格のある人間すべてに開かれた競争である。仮にそれが正しいとしても、18歳の競争をすることと精神が成長することは別の問題。

・理三にこだわる理由が薄っぺらに見える。
→ そもそも薄っぺらな動機でもいいんじゃないかという話もあるが、あなたがそう感じる理由はあなたが私のツイートだけから私の人間性全体を判断しているから。

・医者になりたい気持ちもこの程度なのか?
→ 違います。と言っても信じないだろうが。

・時間の貴重さを全く理解していない。編入なら一年早く医者になれる。
→ これは相当悩んだところで、今は生命科学の対策が難しく編入はリスキーで、それよりも情報の多い一般入試の方が可能性が大きいと判断した。

・理三にこだわらなければ、働きながらデータサイエンティストとしてのキャリアも積めたのに。
→ 今も働いている。時短だけども。理三以外を受けるにしても、4時間の時短勤務にして勉強時間を増やす戦略は変わらなかっただろうと思う。

・医者や感染症の専門家になりたいなら生物を捨てるな。物理化学にしたのは高校時代と同じ状況にしたいだけだろう。
→ 生物は単純に高得点を取りにくいから外しただけ。そして生物学は大学に入ってから勉強しても追いつける(多くの医学生がそうである)。

・「私の将来の収入に彼女は頼るつもりはない」という発言は、彼女のことを見下している。
→ この発言には「精神障害の女性のエッセイにはほぼ必ず支えてくれる彼氏や夫の存在がある」という文脈あってのもの。一部だけ切り取るのはよくない。

・数学から逃げ、研究者の道から逃げ、データサイエンティストの道から逃げ、普通に働くことから逃げている。
→ これはそもそも逃げるとは何かという話から始めなくてはならない。おそらく、あなたは現状置かれた状況から外れることを逃げとみなしているのだろう。しかし私の考えは違う。ある道を諦めたり、転向したりすることと、逃げることは異なる。逃げるとは「すべきこと」をせずに他の選択肢をとることと私は考えており、「すべきこと」が何なのかは人生全体の文脈や、信じる神との対話のなかで決まるものである。私は多くの転向をしたが、逃げたことはゼロとまでは言えなくともほんのわずかである。

・逃げの自分に終止符を打ちたいといいつつ、医学部再受験という最大級の逃げをぶちかましている。
→ この考えも、大学受験は18歳の競争であるという誤った考えから生まれている。

・中途半端な自分に終止符を打ちたいのなら、今の職場で踏ん張るべきだった。
→ この言葉も、現状置かれた状況で頑張らないことを逃げとみなす考えから来ているのだろう。中途半端な自分を変えたいということは自分がツイッターなどで再三語っていたことだが、極める対象が何でもいいわけではない。自問自答と祈りの中で、自分の人生の文脈に合い、なおかつ心の底から極めたいと思えるものが感染症だった、というわけ。

・再受験に失敗したとしても、もう今の職場にはいられない。採用してくれた人の面目は丸つぶれ。
→ 採用してくれた人(社長)は「自由は尊重したいし、チャレンジは応援したい」とはっきり言ってくれている。再受験失敗のことはあまり考えたくはないが、その時自分を雇い続けるかは会社の判断だろうし、解雇されると決まっているわけではない。時短勤務ではあるが、解雇されないようやるべきことはやっていくつもりである。

・一度そこで働く決断をしたのなら長く勤めてほしいという指導教員の思いを裏切っている。
→ 指導教員は医学部受験を認めている。指導教員と私との一対一の関係に安易に介入すべきではない。

・全てわかっていると反論したくなるだろうが、あなたは何もわかっていない。
→ 全くの逆で、全ておかしいと反論したくなる。何も分かっていないのはあなたの方である。しかし、それはあなたの知性が特段低いからではない。「ネット上の発言は、その背後にある人生のほんの上澄みを切り取ったものにすぎない」という大前提を無視し、「大学受験は18歳の競争である」という固定観念に囚われ、「今置かれた状況で頑張らない、続けないのは逃げ」という個人の感想を一般化した結果、誤った言葉が出てきているだけ。この程度のミスは、賢い人でもしてしまうものなのはこちらも分かっている。

ここまでが前半。この前半部だけを見ると、あぁまたネット上の言葉から全てを判断する人が現れたなとしか思わないが、なぜか後半はほぼ純粋な激励のメッセージになっている。私が「妙な」コメントだと感じたのはそのためである。

・理三のような18歳時点の後悔に突き動かされるのではなく、自分の人生をまるごと抱えた上で、心の底から医者になるということに向き合ってほしい。
→ 言われずともすでにそうしている。18歳時点での後悔についてはすでに自分の中で決着が付いている。

・自分が誇れることというものを見つけてほしい。自分が誇れることがないことに虚しさを感じる20代だったのなら、30代以降でぜひ取り返してほしい。
→ もちろん、そのつもりである。

・彼女、家族、友人などのリアルのつながりこそを大事にしてほしい。自分が多くの人に支えられているのだということを実感してほしい。すごい自分だからでなく、等身大の自分でも周りに認められていることに気づいてほしい。
→ 言われずともそうしている。そうしたかったからツイッターのアカウントを消したという側面もあるし、こうしてブログのコメント欄を閉じる決断をした。本当に、自分は多くの人に支えられ、愛されているのだと実感し感謝する毎日である。

・色々なものから逃げ、いろいろな人の思いを振り切って、自分が医者になると決めてしまったのだから、死に物狂いで医者になるしかない。
→ 逃げや思いについてはすでに語ったので省略。自分の決断を大事にして、何としてでも医者になる。

・また色々なことに悩むだろうが、次に逃げられる場所がないからこそ、背水の陣で医者になるしかない。
→ 逃げについてはすでに語ったので省略するが、一生かけて極めるのは感染症であると決め、実質会社員としてキャリアアップする道は閉ざされたと理解している。人生悩みは尽きないものだが、医師になると決断した初心を忘れず努力していきたい。

・人生なんて一寸先は闇でどうなるかなんて誰にも分からない。わからないことは本当に怖いことだが、それでも道を勧めたあなたは勇者だと思う。
→ そう捉えてくれたことに感謝する。

・ぜひ医者になって、数学と医学をつなぐ架け橋になってほしい。
→ もちろん、そうなりたい。しかし、数学や研究から逃げた(と思っている)人間にそんなことを言うだろうか? 前半と後半の辻褄が合っていない。あくまで推測だが、後半部は前半でちょっと言い過ぎたと思って慌てて付け加えたのではないかと思っている。

・これはネット民の拙い一意見であり、無駄なおせっかいで、言葉が過ぎたところもあったと思うが、ぜひ頑張ってほしい。
→ 実際の私を知らないネット民の意見にはこのようなものも当然あるだろうと受け取っている。完全にコピペしたわけではないので文面のニュアンスは異なっているが、確かに言葉が過ぎたところが多い。ネット上のやり取りとはいえ、礼儀を大切にして欲しい。そして激励の言葉に感謝する。目標ははるか高みにあるが、少しでも近づけるよう頑張るつもりである。

以上。コメントを腑分けしてみて感じたのは、やはりネット上の自分に対する意見はネット上に公開した言葉の断片から生まれるのだなということ。ツイッターで、ツイッターの言葉の裏には人の人生があると何度も言ったし、このコメントを書いた人も私の発言をよく追っていそうだから、それも目にしただろう。それでもこのようなコメントをしてしまうわけで、人間にとって「上っ面だけから全体を判断しない」「言葉ひとつを切り取るのではなく、文脈を読み取る」ということは本当に難しいのだなと改めて感じさせられる。自分も人間であるから、自分も無意識のうちにこれらのバイアスに引っかかってしまうことだろう。反省材料にしたいものである。その意味では、「いい」コメントをしてくれたなと感謝している。

だが、はっきり言って、このような言葉は自分の目標にとってはノイズである。ノイズを最小限に抑えたいということから、今後コメント欄は閉じることにする。

2020-05-31

7時か8時に起床。

朝はウダウダしていた。
北海道時代にできた教会の知り合いから誘われて、今日始まった礼拝に11時から参加。
今日はちょうどペンテコステの日で、洗礼を受けた人も一人いた。自分もペンテコステで洗礼を受けたので、あれからもう1年になるのかと感慨深く思った。
その後一緒に昼食をとって解散。

それから昼寝したら、寝すぎてしまった。仕方ないので今日の勉強は半ば諦め、秋葉原キッチンタイマーを買いに行った。ストップウォッチ機能もついているものだ。定められた時間集中するため、あるいは本当に集中している時間を測るために使う。電子音の代わりにバイブレーションにすることもできるので、図書館などでも使えるのが良い。スマホにアプリが搭載されてるから必要ないだろって? スマホがあるとインターネットに繋がっちゃうじゃあないか。高校時代の昔風でアナログな生活に戻れるから良いのだ。タイマーはデジタルだけど。

あとはエナジードリンクとタバコがやめられれば高校時代の自分にグッと近づく。あの頃の快適な環境を再現したうえで、100%の能力を発揮することを目指す。
明日は仕事が1時間多い。備えよう。

2020-05-30

手短に(挨拶)。

7時ごろ起床。今日の勉強は主に物理と英語、あとちょっと数学。
数学の計算ミスが多い。もっと計算慣れしなくては。化学の数値計算も嫌というほどやることになるし、物理は文字式処理能力が求められるし、汚い数字と文字の扱いに長ける必要がある。

それにしても不安だ。受験生に不安はつきものではあるが、これこれこういう参考書をこのくらい極めれば理三に入れるというロードマップが描けないのがしんどい。理一理二でいいならルートが存在するのだが、理三の壁を超えるにはどうすればいいかよくわからない。
何にせよ、自分の100%を出していかなくては。うつ病の既往歴だとか、老化だとか、そういうものを言い訳にできないくらいやり込みたいものだ。

本当は今日の復習を夜やるつもりだったが、時間がないので寝る。明日起きたら今日の分の復習から初めて、物理と英語と数学と、できれば化学。

2020-05-29

寝る時間が近いので手短に。

7時か8時くらいに起床。かなり寝ぼけていた気がする。
仕事は午前中に早々に片付けて、勉強。しかし怠惰な性質が災いして勉強時間をあまり取れなかった。
化学と英語を辛うじてやった。化学は基礎問題精講が難しすぎたので、本当に基礎の基礎を扱っているリードLightノートを使っている。それでもしょっちゅう間違うので基礎固め用に簡単な問題集に戻るのは良い選択だったと思う。英語は鉄壁の暗記。101から400まで合計300語覚えた。といってもほとんどは知っている単語だし、多義語派生語はまだ覚えておらず一語一訳の段階なので大した分量ではない。
物理と数学ができなかったのが痛い。明日はちょっと本気出す。

2020-05-28

7時半か8時くらいに起床。

午前中は仕事に費やす。

仕事が終わった後、今週の課題が送られてきた。もっていない参考書があったので池袋のジュンク堂で買った後、週イチの中本を楽しんだ。
池袋もだいぶ人が増えてきた印象がある。山手線もだいぶ空き席がなくなってきた。

PCの使いみちを考えている。インターネットから距離を置いている今、私用のPCをどうやって活用するか?
一つ考えているのは、講義系の参考書の理解度をチェックするために、参考書を見ずに内容を説明するのに使うというもの。キーボードのほうが字を書くよりも速いので、手早く確認できるのがよい。ただし、これもホワイトボードを使いながら口頭で説明することで置き換えられる。
データサイエンティストとしてはあるまじき姿かもしれないが、自分は根本がアナログ派なのだ。PCを床に置いて空っぽの机に(実際はコードが散乱しているが)向き合っている時に妙に落ち着いている自分を発見した。ライフハックとしてネットやPCやスマホから離れるのは一つの良いやり方だが、これからの時代に付いていけるかが少し不安ではある。

物理と英語をやって寝る。