Random Walker Log's Log

二度と見ない系ログファイル

本質的な人たち

キャンパスの奥に池があって、たまに池のほとりに腰掛けて、近くに住んでいる鴨や猫をボーッと眺めたりしている。

今日も池の近くに腰掛けてコーヒーを飲んでいたら、女の人の二人組が近くにやってきて、

鳥の写真を撮ってくれませんか

ってスマホを渡されたので、鳥と二人が一緒に写った写真を撮った。二人のうちの一人がうちの大学の卒業生で、友達を連れて久しぶりにやってきてみたらきれいな鳥がいたので撮りたくなったそうだ。
スマホを渡したら、

ありがとうございます、ここの学生なんですか

院生ですか

修士ですか、博士ですか

どこの学科なんですか

数学のどの分野を研究しているんですか

なぜその分野を選んだのですか

やっぱり、数学をやる人はコミュニケーションが苦手だから心が病んでしまうのですか

って質問攻めにあって気を失いかけた。その人いわく、「人が好き」なのでいろいろ聞いてしまうらしい。それから大学生活の話になって、気がついたら

幸せとは何か

なぜ苦しくなるのか

どういう自分になりたいのか

みたいな本質的な対話になっていた。聞くと卒業生さんのほうは倫理学をやってたらしい。どうりで本質的なはずだ。就職が不安だというような話をしたら、

君は話しやすいほうだから自信を持っていい

って言われて嬉しかった。とっつきにくいとか気難しそうとか言われることはあっても、話しやすいと言われたのは初めてだったから。それからまた本質的な話をして、

一日に一度何かに感謝してみるとよい

って本質を突いて去って行った。不思議な人たちだった。だけど、普通に話していた結果話しやすいと言ってもらえたのは嬉しかったし、こうやって話してていいんだなと思うとちょっと安心した。
どういう自分になりたいのか聞かれた時、スッと出てきたフレーズが「安心したい」だった。研究するにしてもしないにしても、働くにしても何するにしても、何かに追い立てられながら焦って生きるのはもう嫌だなと思っている。それは「修了しなきゃいけない」「生活費を稼がなきゃいけない」というのもあるし、「頑張らないと認めてもらえない」ってのもある。結果として頑張って研究なりなんなりするにしても、まず頑張るかどうかは度外視したうえで「まあこれでいいよな」と一旦安心してからのほうが、ずっと頑張れると思うし、そうすることができずに潰れた心の部位もあるだろうから。身体的にも心理的にも安心できる空間でゆっくり寝たいと思った。
明日は大事な用事が、しかも午前中にあるんでぜんぜん安心して眠れない。困る。

話している途中、自分が高校生のときからずっと使っているボロボロのかばん「グレゴリーくん」を指して、それで就活はまずい、新しい物を身に着けたほうが良いと言われて、確かにそうだと思ってビジネス用のカバンを探して買ってきた。グレゴリーというメーカーのカバンだからグレゴリーくんと名づけた。
新しいカバンは、ノートパソコンも入るし、本もどっさり入れられる。細かい収納スペースがたくさんあるけど使いこなせなさそう。

グレゴリーくんは、なんだか捨てるのが惜しいので部屋の奥にしまってある。ありがとうグレゴリーくん、さようならグレゴリーくん