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Random Walker Log's Log

二度と見ない系ログファイル

疑ってしまう

昨夜、なぜか布団に入れず朝の5時くらいまでスマホをぼんやりと見ていた。
起きたのは10時半ごろ。をのせいで一日中眠かった。

夜、誰もない院生室で、自分の使っていた机を布巾で拭いてきれいにした。たぶんもうあの部屋に入ることはないと思う。あっさりとしたお別れになった。
大学院での日々を思い返した。人付き合いの悪さから密度の少ない暮らしだったが、強く懐かしさを感じるものもあった。大学院にいる間、感情はほとんどなく一様に灰色の人生のように感じていたが、後から思うと感情を伴っていたように感じられるのは不思議だ。
外に出た後、少しつらくなった。今までの人生において(下手したらこれから先も含めて)、数学を好きなだけやれてかつそれが推奨されるような環境はないにもかかわらず、自分は結局それをあまり活用せずに、健康上の問題や、就職活動や、漠然とした人生のむなしさばかりに精神力を消耗して、数学を本気でやらないばかりか、数学をしたいという気持ち、数学に時間を費やすことを疑ってさえいた。就活で、結局入らなかった会社の選考を受けた時の自己アピール(今やこの言葉を聞くだけでも寒気がする)で、自分は間違いなく数学が好きであると書いた記憶がある。ウソだ。あの時自分は好きという気持ちそのものを信じられなくなっていた。今もあまり信じられていない。数学が好きだからここまで来たのではなくて、院に進む以外には社会で立場を得る手段がなく、院試に通りそうなのが数学しかないという理由で、王手から逃れるように数学の院に駒を進めたにすぎないのではないか? と疑ってしまっていた*1。その疑いが当たっているかは、これから先も仕事の役に立たない数学を続けているかどうかで分かるかもしれないし、分からないかもしれない。
今、一つの懸念がある。自分は、立場上今するべきということになっていること……一単語で言うと「本業」のできない性格なのではないか、ということ。性格ではなく、一過性の症状である可能性もある*2。今数学をすることをさんざん疑っていながら、就職した途端に仕事を疑って純粋数学に没頭し始めたらこの傾向がありそう。
とにかく、自分はこの最高の数学環境を活用できなかったのは事実だった。院生室の壁を覆い尽くす本棚に詰まった数学書は、そのほんの一部をパラパラめくるに終わった。数学の議論を交わした時間は僅かだった。進学時のガイダンスでこれから居場所となる院生室を、自分の心は居場所と認めていただろうか? 少なくとも、明日からあの部屋は自分の居場所でなくなる。もうお別れ会をやってしまった。

このままじゃ良くないという気持ちだけがある。人生を疑ってしまう人生は疲れてしまう。

*1:このウソが、内定の出た後にもずっと心に引っかかっていた。

*2:退却神経症という言葉がある。